銚子への恩返しがしたい!ミュージシャンの経歴をフル活用する大内かっぱハウス館長・相馬圭二さん

銚子漁港 第一卸売市場近くにある「大内かっぱハウス」をご存知でしょうか。名前の通り「かっぱ」がテーマの博物館。2003年から一時閉館していましたが、2017年夏に再開し、現在はミュージシャンとしてメジャーで活躍していた県外出身の男性が館長に就任しています。

今回は、館長の相馬圭二さんに、大内かっぱハウスや銚子の魅力、ご自身の活動、興味深い経歴などを徹底的にインタビューしてきました。

相馬圭二さん(51)

青森県青森市生まれ
大学進学とともに上京。
1999年にザ・コブラツイスターズとしてデビュー。2008年に解散。
2017年9月に大内かっぱハウス館長に就任。
かっぱをテーマにした曲の制作、イベント等を数多く手がけ、銚子観光大使も務める。

江戸時代に描かれた絵も!「大内かっぱハウス」の魅力

ーーまずは大内かっぱハウスがどんなところか教えてください。

先代の館長・大内恭平さん(元銚子市長)が、もともと趣味で集めていたかっぱの絵画や置物、石像などを約4000点展示しています。

ーー本当にすごいですよね。私(編集部・佐野)も閉館中に見せていただいたんですけど、閉めているのが本当に勿体無いなと。「なんとかして開けられないの?」という声も多かったです。

掛け軸や置物や、ちっちゃいものからおっきいものまで色々あります。

リニューアルオープンしてからは、オカルト研究家の山口敏太郎さんの妖怪博物館も特別展示しています。かっぱのミイラとか妖精のミイラとか、怪しいやつもたくさんありますよ。
今は山口敏太郎さんの書籍も販売しています。

ーー1番の見どころはどういうところですか?

かっぱに関するグッズが全国から集められていて、これだけ数があるところはないと思います。

一部古い書籍や貴重なものもありますし。黄桜のCMのかっぱの絵を描いた清水崑氏の作品とか、古くは江戸時代に描かれたものもあるんです。

けど、かっぱは妖怪の中では比較的新しいんですよ。天狗や鬼は平安時代から書物とかに出てくるんですけど、かっぱは江戸時代からなので。

かっぱ×ミュージシャンで銚子を盛り上げる!

ーーその片隅に楽器があるんですよね?

音楽を通じて地域活性のお手伝いになるような役割も担っているので、かっぱをテーマにした曲を作ったり、ライブをしたり、CDを作ったりしています。大内かっぱハウスでは、レコーディングや他の地元のミュージシャンとの交流もしています。

ーー大内かっぱハウスを盛り上げると同時に、銚子自体の発信もしている。

どっちかだけっていうのはないと思うので、両方繋がっていると思っています。展示品の管理、案内といった基本業務の他に、イベントに積極的に参加したり、銚子にこんな面白いところがあるんだ、みたいなのをインターネットを使って発信したりもしています。

2018年8月に観光大使にも任命していただいたので、館長と観光大使と、使命は同じと考えて仕事しています。

ーー音楽関連ではどんなことをしているんですか?

ライブをして、曲を作って、CDを作ってということをしています。先日新しいCDが出来上がりました。

タイトルは「かっぱへの道」。9曲入り、2000円です。かっぱハウス、GARE、市内の飲み屋さん何軒かと、もうじきアマゾンでも販売する予定です。

ーーすごい!全国どこからでも買えるんですね。どんなCDなんですか?

そもそも、自分がミュージシャンとして館長になって、どんなことで貢献できるかなと思ったとき、真っ先に思ったのは「かっぱの歌を作ろう」ということでした。

最初は元気でみんなが笑顔になれるダンスナンバー「かっぱのサラだんす」を作りました。と同時にいろんなバリエーションが考えられるな、と思いついたんです。ラブソングとか。「水の中のかくれんぼ」は、かっぱが人間に恋をしたら、という気持ちを歌っています。そのあとはブルースだったり。

そういう曲が入っていますけど、「かっぱのCD」と言っても、「かっぱ」って単語が出てくる曲は実は2曲くらいしかないんです。河童がこんなシチュエーションだったらこう思うかもな、みたいな曲なので、結局人間も同じ気持ちなんじゃないかと思うんです。

一番最後に「こんな優しい風景」という曲を入れたんですが、これは自分のリアルな気持ちになっちゃった。こちらに来た当初、銚子の人にすごくあたたかく迎えてもらって親切にしてもらったんです。それが、異質なところから来て、人間に優しくしてもらったかっぱと重なって。だってこの歳までまともな仕事についていなくて、俺は何?って言われても、「何です」って言えない。自分はまさしく河童だと思ったんです。

だからアルバムの締めに持ってこれたのは必然だったのかなと思っています。

ラジオ番組「アキコとかっぱのちょうしE」もスタート!

5月7日から、千葉県成田市のコミュニティFM「ラジオ成田」(FM83.7)でラジオ番組「アキコとかっぱのちょうしE」がスタート。アキコ・マーキュリーと大内かっぱハウスから来た謎の(?)人物が登場します!

ーーどういう番組なんですか?

自分が一番知ってるでしょ。(笑)

ーーあれはアキコ・マーキュリーですから。私ではないですよ!「かっぱの生き様」というコーナーでは、相馬さんが人生相談に乗ってくれるんですよね。

あれは河童ですからね。私ではないですよ(笑)

ーーあのコーナーはすごく深い。話を聞いててそうかそうかと納得しました。

人のことだとペラペラ言えるんですけど、自分の生き方どんなもんだって言われると何にも言えないですけどね(笑)

ーー色々あったからこその深みのある人生相談なんですね。

毎週火曜日 14:00〜14:30
『アキコとかっぱのちょうしE』
https://www.jcbasimul.com/radio/755/

ザ・コブラツイスターズとしてメジャーで活躍!相馬さんの異色な経歴

ザ・コブラツイスターズ(相馬さんは左から2番目)

ーーここからは相馬さんのミュージシャンとしての経歴を教えていただきたいと思います。

音楽はずっとやってましたね。親戚のお兄さんから教えてもらったのが小学校の高学年。 兄貴と一緒に一本のおさがりのギターをもらって、兄貴が弾いていないときだけ弾いていました。

その頃はフォークとかニューミュージックを弾いていましたね。かぐや姫とかアリスとか。

ーー大学時代はブルースリーに憧れて同じ心理学を専攻していたと聞きましたが。

ほぼ内容は頭に残ってないですね。大学はほぼバンド漬けだったので。

都内のライブハウスでライブをしたりしていました。

ーー人は集まるものなんですか?

それはピンキリですよ〜。学生の頃は言っても身内。バンド仲間とかそんなもんしか集まらなかったですけどね。

ほぼ遊んでる感覚だったので、卒業してもそのままやり続けて…。

さすがに卒業してからはただの遊びってわけにいかないし、音楽をやり続ける以外の道は考えられなかったので、歳を重ねるに従ってより本気モードになりました。

ーーどんな活動をしていたんですか?

お客さんを呼ぶために公園で路上ライブやってチラシ配ったり、カセットテープに1〜2曲入れて配布したり。何十本何百本とダビングして。今みたいにコピーじゃないので(笑)

それとアルバイトの掛け持ちです。当時はバブルの名残があったので、就職しなくてもやってけるだろうという感じがあったんです。道路の警備員とか薬の実験台(治験)とかコンビニとかCDショップ、色々やりましたね。

ーーそのときはもうザ・コブラツイスターズでやっていたんですか?

いろいろです。一時期、小中学校の同級生だったタマ伸也くんと2人でやってたりしました。ワハハ本舗のポカスカジャンってコミックバンドをやっている。ガリガリ君のうたで有名な。

ザ・コブラツイスターズのボーカル川畑くんは大学時代も一緒にバンドをやっていました。そのほかのメンバーはバイト先で出会ったり。

そうしているうちにちょっとずつお客さんもついてきて、音楽事務所、レコード会社にデモテープを送ったりもしていました。その中で反応してくれた事務所があって、ライブを見にきてくれて、ザ・コブラツイスターズとしてデビューへと。

ーー結構順調だったんではないですか?

その時点で29歳ですから、そこまで続けてること自体が頭おかしいですよね(笑)

ーー活動はどんな感じで?

CD作ってツアー出てレコーディングしての繰り返しでした。グリコアーモンドチョコレートのCMやTBSの朝の番組の占いコーナーで使ってもらったり。

ーー「ダウンタウンDX」「CDTV」のエンディングテーマなど、数々の番組で使われているんですよね。テレビとかも出ていたんですか?

「ポップジャム」とか「HEYHEYHEY」とか。

ーーえーすごい!!!浜ちゃんにどつかれました?(笑)

うちのドラマーが黙ってると人相が悪いんですよ。サングラスしてるんで。だからまっちゃんに「この人怖いわ」っていじられてましたね。

ーー活動はどれくらい続いたんですか?

2008年に解散するまで10年ほどです。

自分はギタリストで、当時歌も歌っていないし、ツアーのサポートもやったことがなくて、ギター1本でどうこう業界を渡っていくみたいなスキルもなかったので、もう途方にくれちゃいましたね。

ーーその頃ご結婚は?

デビューの前から結婚はしていて、デビューするちょっと前に上の子が生まれていました。

ーーご家庭があってどうするって、奥さんは大丈夫でした?

どうですかね(笑)しょうがないですよね。開き直りじゃないですけど、ミュージシャンと結婚した時点でダメですね(笑)だってしょうがないじゃん。安定している生活を望むなら選んじゃダメですよ。心底後悔してるかもしれないですけど、それは怖くて聞いてないです。

ーー(笑)そのあとは?

途方にくれたとき、タマ伸也くんがアマチュア時代のTHE TWISTARSのメンバーで集まってライブをやろうって話を持ちかけてくれて。久しぶりに集まったら、なんかかっこいいなってなって、CDを作ることにしました。

THE TWISTARS時代も、アマチュアなりに頑張って活動していたので、その当時を知っているであろう人たちと、ザ・コブラツイスターズをもっと聞きたかったという方にも喜んでもらえたらと思って。THE TWISTARSにはザ・コブラツイスターズのボーカルの川畑アキラくんもいたので。

CDは3枚作ったのかな。流通させようと思って、自主レーベルを立ち上げて法人にしました。

2010年に千葉県に移住!

でも、発売して一区切りついてまた途方にくれるわけですよ。それで移住するわけです。都内から、千葉の房総の本当田舎の畑とかついてる古民家に引っ越したんです。2010年頃、41〜2歳でした。

カミさんは地元で仕事を見つけて、自分は畑をやりながらちょこっとパートみたいな仕事して。

ーー音楽はもう完全に辞めてしまったんですか?

趣味では続けようと思ってたけど、お金稼ぐのはもういいやって思ってました。それで野菜とか小麦育てたり。脱穀して、石臼で引いてってやるんです。

ただ、それから1〜2年経ったあたりで、川畑アキラくんのツアーのサポートをお願いされて。思ったよりもがっちり活動することになりました。

バンド時代みたいに俺が出すぎるのもあれだし、抑えるとつまらないし、サポートは結構難しかったです。けど、2人が揃うとザ・コブラツイスターズを求めてくれるお客さんも多いし、当時の曲をやると盛り上がる。それで改めてやってみようかって話をして、2年くらい「川畑アキラと相馬圭二」でやったのかな。でも、ツアーで全国回って一区切りついちゃって、どうしようかなってまた途方に暮れて。

どん底の中で大内かっぱハウスの館長に

ーーそこから銚子へ?

THE TWISTARSは年に1回くらい集まってライブをやってたんですけど、その時点で40後半でしたから、仕事探さなきゃいけないし、色々あってメンタルも落ちちゃってたんです。

それで、タマ伸也くんに「俺のことはもうあてにしないでほしい」って連絡したんです。それがちょっと普通じゃなかったみたいで、すごい心配してくれて。そこで、大内かっぱハウスに関わっているミストソリューションの田代会長に話をしてくれました。

自分も田代さんとは面識があったので、今までのキャリアも尊重してくれて、大内かっぱハウスのポジションなら、今まで通り音楽もやりながら色々できるんじゃないって言ってもらって。それで、初めて銚子に来たのが2017年8月の最終週。断る理由なんて何もなくて、ぜひって9月から館長に(笑)

ーーその7月に大内かっぱハウスが再開して、正式な館長がいなかったので、色々なタイミングが重なってそうなったんですね。ご家族は?

自分は次の月には住民票を移して、月の半分以上は銚子にいます。それ以外は房総の家族のところにいます。逆に向こうの方が居場所がなくて、銚子にいることの方が多いんじゃないかな(笑)

常に動いている風通しのいい風景が好き

ーー銚子はもともと知っていましたか?

有名な街ですから知ってました。でも遠いから。東京から大阪行くくらいの時間かかりますよね。だから行ったことはなかったです。

ーー実際に来てみてどう思いました?

あまり経済状況が良くないし人もどんどん減っている。「昔はすごくにぎやかだったんだよ」って話を聞くことが多く、ちょっと寂しいので、なんとか盛り上げていきたいです。

メンタルがどん底の時に銚子に救われたと思っているので、銚子へ恩返しがしたいです。

ーー銚子の好きなところは?

食べ物が美味しいところ。お刺身が好きですね。

ーー牡蠣は食べました?

まだなんです。1年目に来たのが9月だったのでもう時期が終わっていて、2年目は忙しすぎて食べてる暇がなくて…。今年こそは!と思っています。

ーーそろそろ始まると思うので絶対に食べた方がいいですよ!出始めより後の方が美味しい気がするんですけど、何回か食べてみたらいいと思います。食べ物以外にはありますか?

高い建物がないから空が広くて、海風が吹いていて風通しがよくて…。青森市の港町の育ちなので、漁船が止まっている風景がちょっと似ているんですよね。

銚子電鉄のノスタルジックな感じがいい、と思いきやテラステラスhttp://choshi-flat.com/20181213/article-73/みたいなお洒落な場所もあるし、灯台もいいなあ。そういう風景が好きですね。

とにかく全ての場所が明るいんですよ。明るいのが本当にいい。

ーー地元の人からすると、あまりそう感じられない部分も多いのかも。

僕にとっては、常に動いてる感じがいいんですよね。夜は漁船がここから出て行ったり、朝早くからお店がやってたり、常に元気に動いていて、人も物も風景も、全部風通しよく見えるんです。

とにかく銚子を元気にしたい!=大内かっぱハウスも元気になる

ーー野望はありますか?
大内かっぱハウスがちゃんと自立することです。入場無料だけど、TシャツとかCDとか、グッズを展開しているので、お客さんが喜ぶような物を提供して、それがちゃんと収入になればと。

それでとにかく銚子を元気にしたいです。イコール大内かっぱハウスも元気になるので。1日でも長く、私が銚子にいられるように頑張ろうと。

ーー最後に読者の皆様にメッセージをお願いします。

かっぱは調べれば調べるほと面白い妖怪なので、大内かっぱハウスに来て、目で見て、感じて、興味を持ってもらえたらとても嬉しいです。

大内かっぱハウス
〒288-0041 千葉県銚子市中央町6-25
0479-21-9850
土日祝日 10:00〜17:00営業
入館無料
https://ouchikappahouse.amebaownd.com/

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